私たちが生きる社会には、目に見えない「当たり前」がたくさんあります。そのひとつが「男は仕事、女は家庭」という、性別により役割を分ける考え方です。最近では男女平等が進んだと言われますが、家事や育児、介護の負担が特定の性別の人に偏ったり、職業や雇用形態に男女差がある状況は、令和となった現在でも未だ大きく残っています。
では、なぜこのようなジェンダーギャップ(男女の性差による格差や不均衡)がある社会がつくられたのでしょうか。そして、性別による既成概念や格差を解消するために、未来はどのように変わっていけばよいのでしょうか。静岡県立大学の犬塚協太教授に話を聞きました。
性別によって分けられはじめた役割
もともと、人間には「食事をつくる」「子どもを育てる」「家族を世話する」といった生活を支える活動が欠かせません。これらは「ケアワーク」と呼ばれています。
農業が主な産業だった近代化以前の日本では、ケアワークは家族や村落といった共同体の中で行われるのが一般的でした。そして、子どもを背負いながら農作業をするといったように、労働と生活の境界線が明確ではありませんでした。
しかし、明治時代から近代化が進み、特に戦後高度経済成長期に労働の場が工場や会社になり、対価として賃金を得ることが一般的になると、状況が変わりました。社会が効率を重視するようになり、男性は外で長時間働く労働力として期待され、女性は家に残って家族の生活を維持する存在として位置づけられました。
労働と教育によってつくられた「当たり前」
産業をはじめとする社会構造が変化したことにより、分けられるようになったのは、労働する場所だけではありません。教育もまた、性別によって分けられました。
近代化に伴い、男子は、将来社会を支えるための労働力として専門的な知識を学ぶことがよいとされました。
一方で、女子はどうだったでしょう。勉学や就職はせず、結婚・出産し、夫の言うことを守り、家庭内で家族全員の身の回りの世話をすることが、女性にとって素晴らしい生き方だと奨励されました。
労働と教育がそれぞれ性別によって分離したことにより、「男性=外で働く」「女性=家庭を支える」という役割分担のしくみがつくられました。そして、主に家庭内で行われる、家事・育児・介護をはじめとしたケアワークは、女性が無償で担う仕事とされ、「当たり前」のこととして広まっていったのです。
二重の負担は誰が担っているか
1986年の男女雇用機会均等法施行以降、女性の就業率は大きく上がりました。女性が外に出て働くことは珍しくなくなり、現代では共働き世帯が主流になっています。
しかし問題は、家庭での家事や育児の負担が、いまだに女性に偏っていることです。共働き世帯でも、女性は男性の4倍近くケアワークを行っていることが分かっています。(※1)性別に関わらず働ける社会になっても、これでは女性がケアワークから解放されたとは言えません。既婚女性にフルタイムの正規労働者が少ないのもそのためです。
つまり、現代の女性は、家庭外での労働と家庭内でのケアワークの「二重の負担」を担うことが多いのです。これは、近代産業社会につくられた、性別によって役割を分ける考え方が、形を変えて今も続いているからです。
若年層男性の価値観の変化と解消されない格差
現在の若年層男性の価値観には変化も見られます。仕事と家庭の両立を望み、育児休暇の取得を希望している人が増えており、取得率は40.5%を超えました。(※2)
しかし、育児休暇の取得を希望していても、企業によっては制度がなく利用できないケースがあるなど、男性の育児休暇の必要性に対する社会の認識が不足していると言えます。
また、一人の労働力のみで何十年も家族を養えるという昭和からの前提条件が崩れ去り、通用しなくなっています。共働きでないと家計の維持が難しい状況にも関わらず、日本の働き方が、男性の長時間労働に依存しているなどの課題は残ったままです。
多くの人が「男女平等」を望んでいても、社会の制度や働き方の習慣、経営者や管理職層の意識が変わらなければケアワークの偏りや格差は解消されません。
行政と企業が協力して、ジェンダーの課題に挑む
ケアワークの偏りによって起こる現代の問題のひとつは、10代後半から20代の若年層の地方からの流出です。特に若年層女性は、都会に出て地元に戻らないという人が、若年層男性よりも多い傾向にあります。
女性はこうだ、男性はこうだ、といった無意識の偏見や、性別による役割を押し付ける価値観が根強く残っているとことなどが要因となり、地方での生活に魅力を感じづらくなっています。そのため、理想のライフデザインを実現しようと、都会に出る若者が増えています。
若年層女性が地域から流出する背景に、このようなジェンダーの課題があると捉えた兵庫県豊岡市では、これまでの企業のありかたを変える「豊岡市ワークイノベーション推進会議」を立ち上げました。企業と連携して、性別による格差、働き方そのものやワークライフバランスを整えていこうという試みです。
この取り組みは、働き方の柔軟性を重視している現在の若年層のニーズとマッチすると言えます。また、従業員が企業に求めていることを身近な課題としてマネジメントし、職場全体でジェンダー課題への理解度をあげていくことこそが、経営者や管理職層に求められていることなのではないでしょうか。
互いに助け合える社会へ
性別によって役割を決めつける考え方は、令和になった現在でも生活の中に残っています。
しかし、豊岡市のように、行政と企業が協力して働く環境を整えることで、考え方や制度は変えられます。ライフスタイルに合わせて柔軟で多様な選択ができることや、性別に関わらず自分らしく生きられる環境をつくることは、地域や社会全体の生存戦略につながるのではないでしょうか。
人は、生まれてから生涯を終えるまで、誰かを助け、助けられないと生きていけない存在です。つまりケアワークは、性別を問わず誰もが担い合って支え合う社会が絶対に必要なのです。人生100年時代を生きる私たちは、今、価値観の転換期にさしかかっているのかもしれません。
※1 参考:令和7年版男女共同参画白書 特-19図6歳未満の子供のいる妻と夫の仕事関連時間・家事関連時間(週全体)(外部リンク)
※2 出典:厚生労働省 令和6年度雇用均等基本調査_事業所調査(外部リンク)
では、なぜこのようなジェンダーギャップ(男女の性差による格差や不均衡)がある社会がつくられたのでしょうか。そして、性別による既成概念や格差を解消するために、未来はどのように変わっていけばよいのでしょうか。静岡県立大学の犬塚協太教授に話を聞きました。
性別によって分けられはじめた役割
もともと、人間には「食事をつくる」「子どもを育てる」「家族を世話する」といった生活を支える活動が欠かせません。これらは「ケアワーク」と呼ばれています。
農業が主な産業だった近代化以前の日本では、ケアワークは家族や村落といった共同体の中で行われるのが一般的でした。そして、子どもを背負いながら農作業をするといったように、労働と生活の境界線が明確ではありませんでした。
しかし、明治時代から近代化が進み、特に戦後高度経済成長期に労働の場が工場や会社になり、対価として賃金を得ることが一般的になると、状況が変わりました。社会が効率を重視するようになり、男性は外で長時間働く労働力として期待され、女性は家に残って家族の生活を維持する存在として位置づけられました。
労働と教育によってつくられた「当たり前」
産業をはじめとする社会構造が変化したことにより、分けられるようになったのは、労働する場所だけではありません。教育もまた、性別によって分けられました。
近代化に伴い、男子は、将来社会を支えるための労働力として専門的な知識を学ぶことがよいとされました。
一方で、女子はどうだったでしょう。勉学や就職はせず、結婚・出産し、夫の言うことを守り、家庭内で家族全員の身の回りの世話をすることが、女性にとって素晴らしい生き方だと奨励されました。
労働と教育がそれぞれ性別によって分離したことにより、「男性=外で働く」「女性=家庭を支える」という役割分担のしくみがつくられました。そして、主に家庭内で行われる、家事・育児・介護をはじめとしたケアワークは、女性が無償で担う仕事とされ、「当たり前」のこととして広まっていったのです。
二重の負担は誰が担っているか
1986年の男女雇用機会均等法施行以降、女性の就業率は大きく上がりました。女性が外に出て働くことは珍しくなくなり、現代では共働き世帯が主流になっています。
しかし問題は、家庭での家事や育児の負担が、いまだに女性に偏っていることです。共働き世帯でも、女性は男性の4倍近くケアワークを行っていることが分かっています。(※1)性別に関わらず働ける社会になっても、これでは女性がケアワークから解放されたとは言えません。既婚女性にフルタイムの正規労働者が少ないのもそのためです。
つまり、現代の女性は、家庭外での労働と家庭内でのケアワークの「二重の負担」を担うことが多いのです。これは、近代産業社会につくられた、性別によって役割を分ける考え方が、形を変えて今も続いているからです。
若年層男性の価値観の変化と解消されない格差
現在の若年層男性の価値観には変化も見られます。仕事と家庭の両立を望み、育児休暇の取得を希望している人が増えており、取得率は40.5%を超えました。(※2)
しかし、育児休暇の取得を希望していても、企業によっては制度がなく利用できないケースがあるなど、男性の育児休暇の必要性に対する社会の認識が不足していると言えます。
また、一人の労働力のみで何十年も家族を養えるという昭和からの前提条件が崩れ去り、通用しなくなっています。共働きでないと家計の維持が難しい状況にも関わらず、日本の働き方が、男性の長時間労働に依存しているなどの課題は残ったままです。
多くの人が「男女平等」を望んでいても、社会の制度や働き方の習慣、経営者や管理職層の意識が変わらなければケアワークの偏りや格差は解消されません。
行政と企業が協力して、ジェンダーの課題に挑む
ケアワークの偏りによって起こる現代の問題のひとつは、10代後半から20代の若年層の地方からの流出です。特に若年層女性は、都会に出て地元に戻らないという人が、若年層男性よりも多い傾向にあります。
女性はこうだ、男性はこうだ、といった無意識の偏見や、性別による役割を押し付ける価値観が根強く残っているとことなどが要因となり、地方での生活に魅力を感じづらくなっています。そのため、理想のライフデザインを実現しようと、都会に出る若者が増えています。
若年層女性が地域から流出する背景に、このようなジェンダーの課題があると捉えた兵庫県豊岡市では、これまでの企業のありかたを変える「豊岡市ワークイノベーション推進会議」を立ち上げました。企業と連携して、性別による格差、働き方そのものやワークライフバランスを整えていこうという試みです。
この取り組みは、働き方の柔軟性を重視している現在の若年層のニーズとマッチすると言えます。また、従業員が企業に求めていることを身近な課題としてマネジメントし、職場全体でジェンダー課題への理解度をあげていくことこそが、経営者や管理職層に求められていることなのではないでしょうか。
互いに助け合える社会へ
性別によって役割を決めつける考え方は、令和になった現在でも生活の中に残っています。
しかし、豊岡市のように、行政と企業が協力して働く環境を整えることで、考え方や制度は変えられます。ライフスタイルに合わせて柔軟で多様な選択ができることや、性別に関わらず自分らしく生きられる環境をつくることは、地域や社会全体の生存戦略につながるのではないでしょうか。
人は、生まれてから生涯を終えるまで、誰かを助け、助けられないと生きていけない存在です。つまりケアワークは、性別を問わず誰もが担い合って支え合う社会が絶対に必要なのです。人生100年時代を生きる私たちは、今、価値観の転換期にさしかかっているのかもしれません。
※1 参考:令和7年版男女共同参画白書 特-19図6歳未満の子供のいる妻と夫の仕事関連時間・家事関連時間(週全体)(外部リンク)
※2 出典:厚生労働省 令和6年度雇用均等基本調査_事業所調査(外部リンク)
ケア/ケアワークについてもっと知りたい方は「ねっとわぁく84号」(外部リンク)をご覧ください。
『豊岡メソッド:人口減少を乗り越える本気の地域再生手法』
著者名:大崎麻子
出版者:日経BP日本経済新聞出版
出版年:2023.11
『女の子はどう生きるか : 教えて、上野先生!』
著者名:上野千鶴子
出版者:岩波書店
出版年:2021.1
著者名:大崎麻子
出版者:日経BP日本経済新聞出版
出版年:2023.11
『女の子はどう生きるか : 教えて、上野先生!』
著者名:上野千鶴子
出版者:岩波書店
出版年:2021.1
