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エッセイ

Essay

「踊ってみた」動画をアップしたい

上坂あゆ美さん

歌人、エッセイスト

「踊ってみた」動画をアップしてみたいという気持ちがずっとある。
「踊ってみた」というのは、有名な既存曲の振り付けを素人がカバーすることを指し、その多くはインターネットで無料で公開されている。私は10代の頃、ニコニコ動画という動画投稿サイトを貪るように見ていて、その中でも特に好きなカテゴリが「踊ってみた」や「歌ってみた」だった。これらは約二十年ほど前にニコニコ動画から発祥した文化だと記憶しているが、今でもYouTubeやTikTokで踊ってみた動画を投稿する人はたくさんいる。
 当時のニコニコ動画では収益化のシステムがないため、一銭のお金にもなりはしないのに、「楽しいから」「やってみたいから」という理由だけで毎日たくさんの動画がアップされ、視聴者もそれにたくさんのコメントを寄せる。こんなに純粋な表現欲求の発露があるのだということに、10代の私は心から救われていた。毎日毎日、ランキングの1〜200位までに入っている動画をすべて視聴していたほどだ。
 こんなに好きだったのに、自分でも踊ってみた動画をアップしたいという欲望を認知したのはつい最近のことである。短歌をつくって文章を書いてラジオをやって演劇もやった。他にやってみたいことって何かあるかなあと真剣に考えて、ようやく思い至ったのが踊ってみた動画だった。本当は10代の頃からずっとずっとやってみたかったのかもしれないけど、私はそれに気が付かないようにしていた気がする。

 何故かというと、踊ってみた動画を投稿する人のメインボリュームは10〜20代の女性で、若さ、可愛らしさというコンテンツを武器にしている人が多い。その多くはパンツスタイルではなく、アイドルのようなひらひらと揺れるミニスカートやコスプレ衣装で踊っている。ダンスの上手さや表現力が求められていないとまでは言わないが、コメント欄も多くは「(容姿が)可愛い」という類の内容で溢れている。このジャンルに自分が乗り出すということは、「容姿に対してジャッジされることを受け入れる」ということである。現在30代の私が動画をアップしようものなら、「痛い」「BBA(ババア)のくせにキツいw」「可愛いって言われたくて必死」みたいなコメントが付くことは免れないだろう。
 それでも諦めきれないので、好意的に見てもらえそうな手段をいくつか考えた。一つは私が70代になってから動画を上げること。これだったら「ばあちゃんキレキレw」とか「70代なのに最新曲知っててすごい」みたいになりそう。もう一つはものすごく派手な、かつボディラインが隠れるような衣装を着て、アフロヘアとかのウイッグを被って、「可愛いとかでやってませんから」感を全面に押し出すこと。これは動画として面白いかどうかは微妙だが、まあ少なくとも容姿をジャッジされることは避けられる気がする。
 ……ここまで考えて絶望した。ここまでしないと、私は女性であることや、その役割から逃れられないのか。「老人」や「奇人」みたいなわかりやすい記号を付与しない限り、私は他人のジャッジを免れられないのか。30代女性の私が私のまま踊ることは、すべて痛くてキツくなってしまうのか。私が男性だったらどうだったんだろう。30代男性で、仮にダンスがすごく上手で、すごく楽しそうに踊っていたら、少なくとも「痛い」とか「キツい」とかは言われないのではないだろうか。本業が作家でありながら急に踊ってみたをアップしたら、「面白い」「先生何やってんすかw」とか好意的に言ってもらえるかもしれない。でも私は女性だから、多分そうはならない。私は楽しく踊りたいだけなのに、それは許されない。

 自分が男だったら良かったのにという考えが一瞬頭をよぎった。でも、本当は男になりたい訳でもない。性別や容姿や年齢という、自分が選んでいない全てのことで誰にもジャッジしないでほしい、それだけのことである。私は女であることもこの容姿も1991年生まれであることも、一切選んでいない。作品は表現物であり自分で選んだものの塊だから、その優劣はもちろんジャッジしてもらって構わない。だから踊ってみた動画に対して、「ここの表情づくりが良い/悪い」は適切な批評だけど、「顔が可愛い/可愛くない」というコメントは批評として的外れにも程がある。こういう風潮のせいで表現することをはなから諦めている人は多い気がするので、この風潮さえなくなったら、世界にはもっともっと素晴らしい作品が増えるのだと思う。

 こんなことを考えている間にも、先日私が出演した番組に対してこんなコメントが付いているのを見た。
「こいつ偉そうに色々言ってるけどルックス的には低。自分のレベルを知った方がいい」「顔面つよつよ」「かわいい」「かわいいか?」
全員マジで半年ROMれ 。


注:「半年ROMれ」…古のインターネットスラング。「ROM」は「Read Only Member」の略。書き込みや発言をせず閲覧に徹し、その場の空気を理解してから発言しろという意味。

プロフィール

上坂あゆ美 さん
歌人、エッセイスト。1991年生まれ、静岡県沼津市出身。2022年に第一歌集『老人ホームで死ぬほどモテたい』を出版し、学校や家族に馴染めなかった孤独感、社会で生きていくことの違和感を率直に表現した短歌が話題を呼ぶ。2023年、ニッポン放送『オールナイトニッポン0』でパーソナリティを務めるなど、メディア出演多数。2024年新刊『地球と書いて〈ほし〉って読むな』(文藝春秋)出版。
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