男女共同参画WEBマガジン
epoca
自分らしく生きるためのヒントを見つける旅にでよう
エッセイ2019
酒井順子
「テレビの中の『お父さん』」
テレビの中の「お父さん」
人気男性タレントが司会をしている、トーク番組を見ていた時のこと。
そのタレントは何人かいるゲストの中の女性にだけ、
「お前、いくつになったんや?」
と、年齢を聞いていたのでした。
さらに見ていると、やはり女性にだけ、
「結婚はしないんか?」
とも、聞いていた。
番組自体は面白いのですが、そういった質問を聞いていると「何か、古い」という感慨を抱くものです。その番組において
は、司会を務めるタレントさんが圧倒的な存在感を持っており、ゲスト達は彼からほどこされる「いじり」という寵愛を競っている、という印象。とはいえ年齢や結婚についての話題を女にだけ振るというのはかなり昭和っぽい印象で、反対にそのタレントさん自身の年齢を感じさせる結果となっていました。
この手のやりとりは、少し前までテレビの中ではごく当たり前のものだったのです。女は若くてなんぼ、結婚してなんぼ、というのが常識であったからこそ、若くない女性や結婚していない女性は、トーク番組などにおいて揶揄しやすい対象となっていました。女性の側も、若くないことや結婚していないことを「キャラ」として、ウケを取るための材料にしていたはず。
しかし、時代はかなりのスピードで変化しています。今、たとえば職場において、男性上司が女性の部下に対して、
「お前、いくつになったの?」
とか、
「結婚しないの?」
などと聞いたら完全にアウト、ということは既によく知られています。去年は常識だったことが今年は既に変化していて、「もうそんなことは人前で言えない」と思うことも。
しかしテレビの世界では、一部で時が止まっているように思うことがあるのでした。なぜなのかと考えてみれば、ある種の番組においては、家庭の中のような治外法権的ムードが非常に濃厚だからではないでしょうか。
家庭の中で、父親が娘に年齢を訪ねたり結婚を促したりしても、娘としては不快かもしれませんが、さほどの問題にはなりません。同じように、男性司会者が仕切る番組の中には、家族と同じように「何を言ってもOK」といった雰囲気が漂うのではないか。
そうしてみると、人気者の男性司会者はえてして、番組の中で家父長的な存在感を持っているものです。アシスタントを務める女性は、しっかり者の奥さんもしくは娘といった存在感。長男のような番頭のような役割の男性がイエスマンとしてメインの司会者を補佐しているケースも、しばしばあります。
そのように昭和的な家族の雰囲気があるからこそ、番組内で「いくつになったんや?」とか、「結婚はしないんか?」といった質問もまた、当たり前のようになされるのでしょう。お父さんは人気者かつ権力者なので、どのような質問であっても、他の出演者達は喜んで答えるのです。
そういえばテレビ番組においてはしばしば、出演者達のことを「○○ファミリー」(○○の中には、番組名が入る)と言っているもの。家族的なムードが、そこには確かに存在しているに違いありません。
人気の男性司会者達は、時として暴言に近いことを口にすることもあります。それが「歯に衣を着せない」とか「本音トーク」などと言われて人気の所以だったりするのであり、暴言が失言にならないギリギリの線を見極めるのが、彼らの腕の見せどころでもある。
その存在感もまた、昭和のお父さんと似ているのです。昭和のお父さんは、家族に対してしばしば、無茶やわがままを言ったもの。今の人気司会者達は、その無茶やわがままを芸の域まで持っていった人々と言うことができましょう。
しかしこれからは、彼らの芸も変化をしてくるのだと思います。「いくつになったんや?」や「結婚はしないんか?」といった発言は、今後はいくら家族的ムードの中でも厳しくなっていきましょうし、これからの世代が求めるお父さん像というのも、ワントップで皆を引っぱるというよりは、皆と同じ位置に立って一緒に進んでいく、という感じになるのではないか。
そうしてみると今、マツコ・デラックスさんが司会者としても人気者である理由が、わかるように思うのでした。マツコさんもまた鋭いトークで人気の方ですが、彼と言っていいのか彼女と言っていいのかわからないマツコさんは、いずれにしても「偉い大人の男性」でもなければ「お父さん」でもない。権力を振りかざすのではなく、むしろ一段下に立ったところからの発言も目立ちます。そのように多様性を体現する人物だからこそ、幅広い層から受け入れられているのではないか。
テレビは今、中高年が中心に視聴するオールドメディアとなりつつあります。若者がテレビから離れていくのは、未だテレビの世界に残る色濃い家父長制的ムードのせいかもしれないなぁと思うのでした。
酒井順子
1966年東京都生まれ。
高校在学中から雑誌にコラムを発表。
立教大学社会学部観光学科卒業後、広告会社勤務を経て執筆専業となる。
2004年『負け犬の遠吠え』で婦人公論文芸賞、講談社エッセイ賞をダブル受賞。
著書に『下に見る人』『ユーミンの罪』『地震と独身』『裏が、幸せ。』『子の無い人生』『百年の女「婦人公論」が見た大正、昭和、平成』『駄目な世代』『次の人、どうぞ!』『男尊女子』『家族終了』など多数。
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ブックサポーター 酒井順子さんの本
あざれあ図書室
『男尊女子』
(酒井順子 集英社 2017年)
「男女平等」「女性の活躍推進」と、どんなに世の中が騒いでも、そう簡単には、男尊女卑はなくなりません。その中で見つけた“男尊女子”を著者の視点で解説します。自分の中にある“男尊女子”に気づくかもしれません。
『家族終了』
(酒井順子 集英社 2019年)
自分が生まれ育った「生育家族」、結婚などにより新たに作られた「創設家族」。著者は兄を失ったことで、「生育家族」と「創設家族」の存在を再確認し、今後の家族のあり方を模索します。どんな形であれ、人と人が同居することの可能性を提示しています。
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